文化論

win-winな関係の構築のために必要なこと

相手の背後にある前提・文化などを知ることは、win-winの関係を探る上での最重要課題であると思います。

カントの「コペルニクス的転回」

むしろ最初からもっている先入観や思考様式の違いが圧倒的に重要で、深刻な問題になればなるほど、その違いを埋めることは困難になる。(中略)最近は経済学でも、この点はフレーミングとして知られるようになった。本源的な無限大の情報を処理することはできないので、思考のフレームを設定して情報を圧縮することは「アノマリー」ではなく、むしろ思考の条件なのだ。

かの心理学者ロジャーズも、相手の思考様式を踏まえて共感することの重要性を述べていたと思いますが、カントの主張は、そのことを裏付けるものだと思います。

池田さんもおっしゃるように、経済学でもフレーミングの問題は取り扱われており、タレブの『ブラックスワン』などにも通底するところがあります。また、行動経済学のテキストならイロハとして載っていることです。政治哲学という観点から言えば、サンデルのコミュニタリアニズムも同様のバックボーンを持っています。

口で言うのは簡単ですが、これは、意識していないとなかなかできないことだと思います。外国人はもちろんのこと、同じ日本人でも、フレームの違いはあると思えば、相手への敬意を失わずに理性的な会話ができるでしょう。

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アニメの大人化に伴い、ショートバージョンの普及を

最近のアニメ・マンガに多いのが、シチュエーション設定の勝利というもので、少し奇怪な状況設定をして、人間の真実味・実感をあぶりだしていくというものです。デスノートとか、ライアーゲーム、イキガミなんかはそうですね。

そういうのって、子どもには少しわかりづらい面もあり、中高生から大人にかけて幅広い層が楽しめるものに仕上がっているものが多いです。以下でとりあげられているフジのノイタミナ枠は、そもそも深夜枠で大人をターゲットにしていることもあり、見ごたえのある作品が放送されているようです。アニメの大人化、ここまできたかという印象があります。

ノイタミナのアニメ「C」が面白い件

4 「現在」を守ろうとすることが、「未来」を犠牲にすることにつながってしまう。

一方、未来の可能性を切り開くためには、現時点で大きな痛みに耐えなければならない。おそらくこれが「C」の中心的なテーマなんだろう。「現在」は、もちろん理想的な世界ではないが、それぞれがそれなりに平和に暮らしている「日常」があり、「生活」がある。そうしたものが、金融の世界の「暴力」的な動きによって破壊されないようにしたいという発想は理解できる。登場人物の1人である三國は、そうした発想で巨額の資金を投入して、「現在」を守ろうとする。これに対し、主人公は、当初は「現在」を守ることに意味を見出そうとするが、やがて「未来」を守ろうという立場に転じる。この対立は、おそらくは古今東西の社会で、主要な論点の1つだったはずだ。

山口さんの解説を読んだだけで、思わずワクワクしてしまいます。設定が巧いな、という感想もありますし、それをどう生かしているのだろうという点にも興味があります。はじめから見れれば見ていたでしょうが、時間がないこともあり、サクっと映画化してくれればありがたいなんて思ってしまいます。

数々のアニメの名作はありますが、ガンダムやエヴァンゲリオンなどのように、名作中の名作となると、本編をギュっと凝縮して映画版が作られたりします。本編を網羅したDVDと、そういうショーットカットバージョンでは視聴する層が異なるので、食い合いにはならないと思うのです(特に、本編にこだわりを持つ人はショートバージョンをdisる場合が多いし・・・)。単なる加工・編集でもいいので、そういう短時間で消化できるバージョンを作ってくれると、オトナとしてはありがたいのですが・・・

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アフリカに手を伸ばす中国という構図に異変

中国が、資源権益、将来の成長市場確保という目的のもとアフリカへの政治的・経済的関与を強めているというのは近年のコンセンサスでしたが、それも一筋縄ではいかないようです。

アフリカに押し寄せた中国人の今

取引先は今、ジュー氏が自分たちを食い物にしていると言う。中国製品は粗悪品の見本とされている。政治は対決局面に入った。「植民地的」という言葉があちこちで聞かれる。子供たちはヤジを飛ばし、親たちは野良犬が料理鍋に姿を消していくと囁きあっている。

アフリカの大部分でかつて救済者のように崇められた中国人は、複雑な感情が入り混じった目を向けられるようになった。中国の影響力をことのほか強く感じる小国では特にそうだ。原因の1つは、悪い商慣行が商品やサービスとともに輸入されたことだ。(中略)

中国側にも怒りと落胆はある。南アフリカ共和国の都市ニューキャッスルにある中国人経営の繊維工場は、およそ200ドルの月給を払っている。中国で払うよりはるかに多額だが、南アの法定最低賃金には満たない水準で、労働組合は工場を閉鎖しようとした。中国人オーナーたちは、労働組合を無視したり、英語が全く話せないふりをしている。

中国側の強引な手法にアフリカ側は辟易し、アフリカ側の怠惰ぶりに中国側は辟易するというのが基本的な構図でしょうか。ここからは、家族は大事にすれども商売に徹する中国、より広く人間関係を大事にすれども商売が苦手なアフリカというステレオタイプな見方が生まれます。

当然、例外的なシチュエーションや人々というのは大勢存在しますが、中国やアフリカを対象にビジネスを行う上で、以上のようなことは普遍的に体感されるものだと考えられ、私たちも、そうした価値観・行動原理を踏まえたビジネス関係というものを模索していく必要があると思われます。

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心からすごいなの一言の孫氏の寄付

まさに行動の人であることを体現したなという印象です。

孫正義社長、100億円寄付 引退までの役員報酬も

ソフトバンクの孫正義社長(53)は3日、東日本大震災の義援金として個人で100億円を寄付することを明らかにした。また2011年度以降、社長を引退するまで役員報酬(09年度は約1億800万円)を全額寄付する。これとは別にソフトバンクグループとして10億円を寄付する。

寄付を公にすることへの反発などは根強くありますが、こういう報道を見ると、公にしていくことの価値を感じます。そりゃあ孫さんは莫大な資産を持っていますが、そんな中でも100億というのは小さい数字ではないですし、絶対値としてのインパクト、被災地支援という観点からの意義も絶大なものがあります。石川遼の賞金寄付に続き、非の打ち所のない寄付スタイルであったように思います。

ただ、この域に到達していない寄付が相対的に価値を落とすわけではありません。ホリエモンの100万寄付はかなり素早い行動でしたし、子どもが小遣いの一部を寄付にまわすことには金額以上の意義を感じます。

人間には付和雷同する性質があることを考えれば、社会のリーダーが率先して寄付の実績を公開することで、大衆がそれに続くという流れはいいことだと思います。それによる社会のリーダーのイメージアップは是非とも受けるべき効用ですし、フェアなことだと感じています。

なんかまとまりがなくなりましたが、私はいいことはいいというフェアな精神が社会に広まることを希求しています。そうした観点から見ると、今回の孫さんの寄付はうがった見方をせずに賞賛していきたいところということです。

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個の時代を生きるということ

橘玲さんが無縁社会について書いているのでそれをもとに私見をつらつら述べたいと思います。

ぼくたちが望んだ無縁社会

この「折り返し点を過ぎた近代」を、ヨーロッパの社会学者たち(アンソニー・ギデンズやウルリッヒ・ベック)は「後期近代」「再帰的近代」と呼ぶ。前期近代においては「社会を変える」ことが理想として信じられたものの、後期近代になるとそうした“大きな物語(革命)”は消滅し、「〈私〉を変える」という“小さな物語(自己啓発)”がひろまっていく。そこでは〈私〉はかけがえのない唯一絶対の価値(=オンリーワン)となるが、一人ひとりはみな平等で、特別な〈私〉(=ナンバーワン)はどこにもいない。

(中略)ここで述べられているのは、「自分らしく生きたい」という当たり前の願望が「絶望」を生み出す冷酷なメカニズムだ。無縁社会は社会の病理ではなく、私たちがみずから望んだグロテスクな「近代の完成形」なのだ。

個の時代へ向かっているというのは説得力のある論だと思います。生きる上での最低限のものが満たされるようになり、社会を変える必要性を切迫したニーズとして感じないという背景があるのかもしれません。

しかし、この世において自分自身の視点から見ると自分の価値というのは果てしなく大きく、それを踏まえると、自己啓発によって自己の価値を高めていこう、よりよいものを追い求めていこうという意識が働くのは当然です。実際の変革を行うのには多大な労力がかかり、コンビニエントな方法に頼ったり、絶望を生み出す結果になってしまうというのは必然に近いのかもしれません。

ニーチェは、永劫回帰の概念を持ち出すことで、超人の存在の重要性を指摘しました。ここにおける超人は社会における先導者であり、模範です。ルサンチマンのループにはまり続けるのではなく、強い個人を目指すというニーチェの意見から理想論の色彩がにじみ出ているのは仕方のないことですが、それをより身近な単位で検討する価値というのはあるんじゃないかと考えています。

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チームオーダーをめぐる正義

チームオーダーについてはこれまでにも何度か取り上げてきましたが、ラウダのチームオーダーに関する発言が、最近読んだサンデルの本の議論と符合したので、書いておきたいと思います。

レッドブルはチームオーダーを捨てていない

フェラーリがホッケンハイムで採った不名誉な戦略には手厳しい批判を述べたラウダだが、今のレッドブルはウェバーに重点を置くべきだと主張している。
「私は、(レッドブルの)チームオーダーについて言及したことはない。ただ、分別ある対応が必要と言ったまでだ」と3度のワールドチャンピオン経験者は『Kleine Zeitung(クライネ・ツァイトゥング)』紙に語った。
「例えば、フェラーリがホッケンハイムでしたことは視聴者への侮辱だった」
それはつまり、今週末のインテルラゴスでベッテルはウェバーをオーバーテイクすべきではないということかと問いただされ、ラウダは答えた。「その通りだ。だが、これはチームオーダーとは無関係の話だよ」

まず、私が主張しているのは、結果的におもしろくなるチームオーダーならいいということです。この点、功利主義の考え方だと言えます。チャンピオンの可能性が残っている時点でのチームオーダーに批判的な部分は、そのデメリットに対して、チームオーダーが功利主義的に考えて十分なメリットになっていないという説明ができます。

続いて、ラウダのコメントについてです。ラウダは、結果的にはチームオーダーになろうとも、状況を判断した上での自己判断なら許されるというスタンスです。これは、カントの議論に似ています。

カントは、強盗から友人をかくまう際に、「いない」と嘘をつくことを否定します。その代わり、「1時間前にコンビニで見たよ」という嘘ではないけどより的確な答えを隠す行為は容認しています。ラウダから見れば、あからさまなチームオーダーは許されないが、空気を読むのはアリなようです。

なお、ラウダのコメントは、チャンピオンの可能性が極めて低い者とそうでない者の相違も重視しています。そういう意味では、功利主義の範疇にも入ると思われます。公正なスポーツのあり方とは・・・奥深い議論を呼ぶ題材ですね。

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最近のネット業界のスピードが一段とすごくなっている件

私がTwitterを導入してマメに情報収入するようになったからかもしれませんが、それにしても最近のネット業界のスピードはすごいの一言です。たとえば、グルーポン系サービスはアメリカで話題になってすぐに模倣したサービスが乱発し、かなりの市場規模になっているとのことです。

そんなネット業界の中でも、大きな胎動を感じるような記事に三つほど触れたいと思います。

昨日からネットで大騒ぎ ”PhotoSketch”が凄い件

それでどんなサービスかというと,ラフスケッチの情報をもとに,それに最適な画像をネットが集めてきて,しかも信じられないほど巧妙に合成写真を完成されるというものです。

つまり,
ごく適当にイメージを書く。
これに名前をつける。
あとはシステムが自動的に写真を検索し,最適な合成写真ができあがる。
という,まさに神の仕業なのです。

これは、リンク先を見てもらえばすごさがわかると思います。セマンティック検索のようなものはにわかに盛り上がりつつありますが、画像の世界では意味を認識して作り出すという奥の手で一歩早く実現してしまった格好。これができるなら、単純な画像検索もできるのでしょうし、私の大好きなドラえもんの目の部分の基礎が完成しつつあるのかなと感じています。

続いては、mixiのオープン化の第一歩。

[jp] ついにmixiがトラフィックを外部に開放。mixiはソーシャルグラフプロバイダーになる

mixiチェックはソーシャルグラフ上でお互いの興味を簡単に共有しようというものだ。これまで限定的だった公開範囲が全てに開放され、外部サイトからあらゆる情報がチェックとともにmixi内に流れ込むことになる。流入した「リンク」はユーザー同士による興味、共感のフィルタリングを経て、さらに外部へ流出する。このようにして動きだすユーザー数は「MAU※1447万人(8月末時点)」にものぼる。

この良質なトラフィックを生み出すレコメンデーションネットワークこそが重要なポイントだ。おそらくこのトラフィックを求め、様々なウェブサービス提供者がmixiチェックを設置することになるだろう。

facebookのいいね!ボタンのようなものらしく、mixiから外部へという流れが著しく増加しそうです。いよいよmixiも内部還流方式からユーザーメリットを第一に考えた外部への起点方式に舵をとりつつあるということですね。好ましいことだと思いますし、日本におけるmixiのシェアを考えれば、WEBサイトは対策の価値があると思います。

最後は、googleの壮大な事業について。

グーグル、シンクタンク「Google Ideas」設立を計画–統括者は米国務省OB

Cohen氏によると、Google Ideasは、広範囲にわたる問題を調査する予定だという。「同組織が取り上げる課題の範囲には、テロ対策、急進派対策、核拡散防止といったハードな課題のたぐいから、開発や市民への権限付与といった人々が取り組んでほしいと望むような課題まで、あらゆるものが含まれる」(Cohen氏)。Cohen氏はこれを、「Think/do Tank」と呼んでいる。つまり、Google Ideasは、政府や第三者期間と協力することにより、同組織が作り上げた概念の一部を行動に移すことを目的とする予定であることを意味している。

知の案内人、googleの企業理念と一致するものになっていると思います。こういった民間のシンクタンクは、日本でももっと出てきてもいいと思うのですが・・・

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人類の寿命はまだまだ延びる?

テロメアの話はテレビなんかでも取り上げられて周知されていますが、今回、テロメラーゼを活性化させる物質が発見されたとのことです。

不老不死薬が出来る? シエラ・サイエンセズが酵素テロメラーゼを活性化する物質を発見

シエラ・サイエンセズ社がTAサイエンセズ、ジェロン(ティッカー:GERN)、フィジオエイジ、スペイン国立癌研究所(CNIO)などとの共同研究でテロメラーゼを活性化する物質を発見したと発表しました。(中略)

このテロメア構造をちゃんと作るために必要な酵素をテロメラーゼ(Telomerase)といいます。テロメラーゼ活性が低い細胞は細胞分裂を繰り返すたびにテロメアの短縮が進み細胞分裂の停止がおきます。

不老不死はいろいろな意味でありえないと思いますが、老化の進行を止めるというのはテロメア関係の研究が進むことで一定程度可能になりそうで、特に、富裕層を中心として寿命が延びる世界というのは達成されそうです。あくまで逆戻りできるわけではないので、ベンジャミン・バトンのような現象は見ることができなさそうですが・・・

そうなると、年金などの年齢による社会保障というのはナンセンスになってきて、いよいよベーシックインカムなんかの発想が受け入れられやすくなるかもしれません。こういう科学技術の進歩によって人間の活動に幅が出てくると、さまざまなシステムの見直しが必要になって来るでしょうね。

ただ、この技術が完璧になるとすれば、人間は死期を自身の手で決めることになります。自殺率も高くなるでしょう。そして、有限であるがゆえの人生の価値を忘れてしまう時がくるかもしれません。この技術が実現していない現段階においては、そこらへんを意識しておきたいところですね。

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続いて、おまけとしてアマゾンのマーケットプレイスがさらに競争力を上げてくるというお話。

アマゾンジャパン、「マーケットプレイス」の国内配送料を値下げ

1冊あたりの国内配送料は340円から250円に、カテゴリー成約料は1冊あたり80円から60円に変更となった。
また、販売業者の在庫を同社物流センターで保管、管理、配送するFBAサービスでも成約料が改定され、1冊あたり80円から60円に値下げされた。

安いと思ったら送料でトントンじゃんというガッカリ感は誰しも経験したことがあるでしょうが、ここまでくるとアマゾンはさらに受け入れられ、既存の中古流通市場や新品市場はさらに圧迫されていくだろうなという印象を持ちました。アマゾンの利便性向上の歴史はすさまじいものであり、競争激化は消費者としては歓迎です。

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ホメオパシーについてのバランスのとれた意見

やはり、多くのブロガーの中でも山口さんのバランス感覚は素敵だと思います。

あえてホメオパシーとの「共生」を考える

そういう意味で私たちが考えるべきなのは、ホメオパシーの信奉者たちを科学的常識をもって強引に「転向」させることではない。彼らが医療行為を拒否することなく、無駄に命が奪われない状況を作り出すことではないか。あまり「深入り」せず、重い病状でも医療を拒絶するような深刻なところまでいかずにとどまれるのであれば、正直、放置しておけばいい。

ほとんど山口さんの記事で言いたいことは言われているので、改めて強調したいことなどを書きます。

まず、基本的にはどんな選択をしようが自由だという自由主義が根底にあります。ホメオパシーの全面的な否定は、自由主義の否定につながりますので、受け入れられません。

とは言え、人命など重要なことに関わる場合、または、社会の安定を著しく阻害するような場合においては、自由主義も一部限定される必要があるでしょう。あの痛快な自由主義本、『不道徳教育』だって、他者に危害を与えるような自由は認めていません。

ホメオパシーの場合、ホメオパシーの効果を信じている助産士などが、人命に関わるような選択を強制したことが問題です。難しいところですが、強制までいかずとも、死につながりかねない選択肢を提示することも危険であるように思います。

逆に言えば、そこまでいかずに、命に関わらない場面でホメオパシーの効果を信じ、実践し、他者にその選択肢を提供するのは許されるということですね。

個人の自由と社会の関係、自由主義の実践といったことを考えさせられる論考でした。

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文化の差を活かすこと

文化の魅力というものは、相対的な観点に立たないとなかなか実感できないものです。この事例のように、欧州で評価されている日本文化について見ると、日本文化の再評価という視点を持つことができます。

元証券マンがスイスで極める「和のもてなし」

もちろん、館内のレストランでは本格的な懐石料理だけでなく、欧州でもすっかりおなじみになった寿司やしゃぶしゃぶなどを気軽に楽しむこともでき、週末は地元スイスのカップルや外国からの観光客でにぎわう。倉林はこうした人々に日本の文化・伝統をより深く知ってもらおうと、毎年、京都から芸妓・舞妓を招いて踊りや琴・三味線の演奏を披露してもらったり、マグロの解体ショーや寿司セミナーなど工夫を凝らしたイベントも盛りだくさんだ。

そして、兎山のスタッフは1人を除いて全て日本人。礼儀正しく、細やかな気配りの行き届いた日本式もてなしは、地元スイスの人たちにも大好評。

この事例から学ぶことは多いですね。特に、以下の二点は重要です。

①日本の当たり前は、外国の当たり前ではない

日本のサービス水準は極めて高いです。日本にいるとそれが当たり前なので感じることはありませんが、外国に行ったり、外国人オンリーの店に行ったりするとよくわかります。また、豊かな文化も、日本から見れば当たり前ですが、外国では新鮮に映り、プレミアムを持ちます。そうした観点は、ビジネスアイデア出しのヒントになるかもしれません。

当然、これは国家間の文化の違いにとどまらず、地域間、グループ間などさまざまなところで当てはまる視点です。

②徹底することの重要性

また、徹底して日本式にこだわる姿勢もいいですよね。なんでもかんでも中途半端に寄せ集めても、単なる足し算で終わってしまいます。一方で、こだわりのものを選りすぐりして提供することで、そこに総体としての価値が生まれ、掛け算になってきます。

何らかのサービスを提供する立場にいる以上、大事にしていきたい視点ですよね。

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弁理士(Patent Attorney)志望、個人投資家(Invester)。TDLと同い年。平成24年合格を目指して3月から勉強開始。F1とドラえもんをこよなく愛す。I wanna be friends and build strong ties with you:)特に知財関係の方は宜しくお願いします。