政治

国民主権・地方分権の実現方法あれこれ

国民主権などというのは形式的なもので、政治なんて利権争いと派閥争いの縮図のようなものじゃないかという気持ちは少なからず誰もが抱いている気持ちです。一方で、堕落した政治は堕落した国民の映し鏡にすぎないというシニカルな意見もあり、それはそれで的を射ているように思います。

そんな中、この日本の閉塞感を打破してよりよい政治にしていくにはどうしたらよいのでしょうか。ここに二つの提言を引用しつつ、コメントしたいと思います。

被災地を「日本の香港」に

例えば復興期間に限って、被災地に立地する事業所については法人税をゼロにするといった措置で企業を誘致してはどうだろうか。あるいは、東北地方で通関する貨物の関税はゼロにするといった「自由貿易地域」にすることも考えられる。
日本の工場がアジアに逃避する最大の原因は、雇用コストが高いことである。解雇が実質的に禁止され、派遣労働や請負についての規制が異常に厳格な雇用規制を緩和し、企業年金をポータブルにし、退職一時金の非課税措置をやめるなど、人材が自由に動ける社会にする必要がある。
こうした措置を被災地だけでも先行して実施してはどうだろうか。

過疎化に苦しみ、公共事業頼りで経済の足腰が弱い元の姿に戻していくというのは賛成しかねます。どうせ資金を投資するのであれば、よりよい方向へ向けていこうじゃないかというのが池田さんの提案です。(The Economistも類似の提案も。)

私は、今後日本が甘受しなければいけない非効率な福祉の姿、経済的な逼迫などを踏まえると、コンパクトシティの考え方をはじめとして、実験的な試みをしていくことは意義があるように思います。特に、雇用の柔軟性や無線中心の電波政策など池田さんの常々の主張は、被災地域の現状(通信インフラの再構築の必要性、就労困難)などを踏まえると親和的なものであり、一考に値するといえるのではないでしょうか。

続いては、直接民主制的な方法論が必ずしもよい結果を生まないという話。

カリフォルニアの教訓

正しい民主主義は単なる果てしない投票の繰り返しではない。審理の仕組み、成熟した制度、合衆国憲法にあるようなチェック・アンド・バランスが必要だ。皮肉にも、カリフォルニア州が1世紀近く前に直接民主制を導入したのは、州政府が腐敗した場合の「安全弁」としてだった。このプロセスが機能しなくなってきたのは、比較的最近のことだ。

さらに重要なのは、直接民主制をエンジンから安全弁に戻さなければならないということである。イニシアティブの実施はもっと難しくしなければならない。有権者が本当に理解できるよう、内容は短く、単純にすべきだ。どれくらいの資金が必要で、それをどこから調達するかを明示しなければならない。
そして、イニシアティブが成立した場合も、議会がその内容を修正できるようにする必要がある。住民投票も同様の原則で行うとよいだろう。

いわゆる衆愚政治の現出ということですね。たしかに、安全弁として直接民主制が存在すればブレーキになるのとは対照的に、直接民主制がエンジンとなると、それに対する安全弁はありません。また、政治の性質上、直接民主制がなじまない分野(ex.予算のバランス)というものは存在し、そういったところについてはカリフォルニア州のように弊害が出てきかねません。

ただ、日本の現状を考えると国民が置き去りになっている感が否めないので、限定的に直接民主制のようなものを導入していくこと、また、地方自治の限りにおいて、より直接民主制のような制度を活用していくことを模索していくというのも必要なのではないかと考えています。

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年金の税方式への移行を唱える勇気

年金制度を存続可能なものにするためには、税方式への移行が必要ということは、誰もが認識しつつあることです。しかし、政治家としてそれを高らかに主張するのは勇気のいることです。なぜなら、受給者・負担者それぞれに少なくとも一時的には痛みが伴う政策だからです。

それをわかっていながら、ブログに税方式移行への主張を掲げた河野太郎さんの勇気は素晴らしいと思います。

税方式の主張

消費税を財源にする年金制度には、未納問題は起きないのです。そして、未納問題が起きない年金制度ということは、すべての日本人が六五歳になったときに、必ず満額の国民年金を支払うことができるということです。(中略)すべての日本国民に最低限の年金を保証する制度の財源負担方法としては、私は保険料方式よりも消費税方式のほうが優れていると思います。

税方式への移行は、保険料方式のさまざまなデメリットを解消し、年金制度を存続可能なものにすることができます。現在の未納率、人口構成など考えれば、これは避けられないことです。多くの人はそのことに気づいていますが、受益世代は取り分が減るので反対しますし、そうした人々の政治力は大きいので、選挙で勝ちたい政治家はそういった改革は唱えられないでしょう。そういう意味で河野さんの勇気はすごい。

続いて、問題点についても包み隠さず触れています。これ好感が持てます。

税方式の主張 その2

保険料方式の年金では、保険料を負担する世代と年金を受給する世代がはっきりと区別されます。しかし、世代間格差を是正するためには、年金受給者にも年金の財源をご負担いただかなければなりません。(中略)さらに、基礎年金を最低保障年金と位置づけることによって、一定以上の所得のある高齢者への基礎年金を減額することによって、さらなる世代間格差の是正ができます。(中略)税方式の年金制度に移行することを選んだなら、最低保障年金の所得制限額をどうするか、どの方式で移行するか、議論した上で決める必要があります。

世代間格差の是正に触れているのも、先述した観点からすごい勇気だと感じます。その一方で、これまでに払った保険料の取り扱いについては、まじめに払ってきた国民がかなり怒るであろう案も書いてあります。個人的には、国民の公平感を害する政策は社会の安定、政府への信頼を害するので、利子の分はあきらめるとしても、元本はできるだけ還付する形がいいと思います。また、最低保障年金という位置づけはいいと思います。

受給者世代の人々には、連綿と続く後の世代の負担についてどう考えるのか問いたいと思います。それを考える経済的・精神的余裕がない人にまでそれを強要するつもりはありませんが、哲学的な人間のあり方が試されているように思います。

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日本の外交戦略について

尖閣の一件以来、日本の外交戦略についてさまざまな意見がとりかわされてきました。私が痛切に感じるのは、どの国に対しても、日本に魅力があるうちに仲良くなっておいたほうがいいのではないかということです。

米国の新アジア戦略は「大四角形」

以上から見えてくる四角形の形とは、別掲の図に示したようなものとなる。ハワイを出発点として時計回りに、豪州・NZ、インド、そして日本・韓国の各頂点を結ぶ形だ。

この大四角形にして盤石ならば、かつまた隅石に加えインドネシアやシンガポールをしっかり自陣営に取り込んでおくならば、米国とその海洋民主主義リーグは中国の台頭をコントロールすることができる。
またこのように見るならば、日本の課題も自ずから明らかだ。ハワイとつながる線、すなわち対米同盟の意義を大四角形において再定義し、ここへの投資をいっそう強化しつつ、対印、対豪関係を経済面はもとより政治・軍事面で強めていくことである。

たとえば、上の記事なんかは、海洋民主主義リーグとして、米国を中心としてつながろうと提唱しています。私としては、それらの国や地域とつながろうという気概自体は当然であるけれども、それらの国以外のさまざまな国とつながっていく必要性を痛切に感じます。

たとえば、南米のブラジル。いまだに治安などひどい面はあるようですが、その資源力・成長余地などは世界で1,2を争います。また、イデオロギーの違いはあれど、ロシアや中国、イスラム国家などとも、手を結ぶところでは結んでいく必要があると思います。

そもそも、外交で選り好みができるのなんかは日本に国力があるうちだけで、経済・政治・軍事などで国の力がなくなってしまえば、連携していく相手先を選ぶ自由も狭まってきます。そうした時代を見越して、多様な相手と連携しておくことが、衰退を防ぐことにもつながるのではないかと思っています。

領土問題なんかでも、尖閣、北方領土、竹島なんかはすべて経済的に大幅に譲歩して、政治的な勝利をつかむくらいの気持ちでいればいいと思います。いくら相手に理があろうがなかろうが、こじれている問題について何も譲歩せず解決しようというのはスマートではありません。経済的には50:50で共同開発すればいいから日本の国土で決定ね!ということでいいのではないでしょうか(当然、相手がウンと言えばですが・・・)。

特に、北方領土なんかはそう感じます。日本の国民感情からすれば火事場泥棒のような感じで占領された土地ですが、上記のような方針で問題解決し、むしろ両国の絆を象徴する地として再出発していくことが生産的だと思うのですが・・・現実的にはなかなかうまくいかないのでしょうね。

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税金無駄遣いの実態が見えれば風は変わる

税金の各種の無駄遣いが無くならない背景には、国民に無駄遣いに関する情報が行き渡っていないということが挙げられるように思います。たとえば、地方公務員のびっくりするような手当てなんかも、地方交付税交付金なんかの存在を考えれば国全体の問題ですし、国民の税金の無駄遣いという問題だとして意識されます。

無駄な手当てなどについて情報が行き渡ること、そして、国民の税金が支えているという構造につき指摘していくことで、投票行動とうまく結びつけていくことが重要なのでしょうね。

ある女子大教授のつぶやきさんの以下の記事を見れば、どれだけの税金が費用対効果の悪い場所へ流れているかがわかります。

「ぼくには夢がある」

「国家公務員の天下りは全面的に禁止する」とか「独立行政法人、特殊法人、特別会計は廃止あるいは民営化」とある。官僚が食い物にしている法人は4500あり、そこには25000人もがムダ飯を食んでいるし、その予算が年間12兆円にもあがる。(中略)

政府から独立などと言うが、これは建前のことで、人事院の幹部ポストは天下り官僚の指定席で、何もせずに高給を食んでいたことは知られている。700人いる人事院の職員には一人年間平均1200万円も税金が使われている。かくして天下り法人と人事院が廃止されれば、15兆円にもなる巨額の無駄遣いがなくなるわけだ。

よく言われる民営化のメリットは、こういった無駄が放置されていれば競争原理やガバナンスによって是正されていくという点です。現在の均衡から抜け出せないのは官僚の既得権益保護の結果でしょうが、それ自体は個人の合理的行動なので責めることはできません。問題は、このまま無駄遣いが続けば国民の活力はなくなり、財政破たんがより近づいてきてしまうと考えられることです。

そうした視点から考えると、小沢さんに壊してほしいという想いが出てくるのはある種自然なことですね。ゆでがえるになるよりは、生きるために各種手段を模索・試行したいというのが日本を憂う方々の人情です。

続いて、地方の無駄についてです。

【日曜経済講座】論説委員・岩崎慶市 公務員改革の本丸は地方

国家公務員の給与水準を100として地方公務員の水準をみるラスパイレス指数は、高給与批判を受けて一昨年度には98・7まで低下した。だが、これは全体数の3分の1である一般行政職の本給を比較したにすぎない。数々の手当を加えれば、地方の方がまだはるかに高い。 しかも、その手当がおかしい。例えば危険・不快な業務を対象に支給する特殊勤務手当が窓口に座っただけでもらえる。これを“窓口手当”というが、きっと地方公務員にとって住民サービスは危険で不快なのだ。また、ある市営地下鉄では電車を所定の位置に停止させるだけで運転士に“正確手当”が出る。(中略)

地方公務員の給与は住民税だけでなく、地方交付税によって支えられている。それが来年度予算の概算要求基準でも一律削減から外され、要求は今年度並みとなった。高給与を是正すれば交付税は簡単に削減できる。国民の厳しいチェックの目が必要だ。

ちょっと笑ってしまうような手当てが普通にあるとか、能力が反映されていない状況に違和感がないというのは、自分たちの手で直接お金を稼いでいない上に、貢献せずとも給料が変わらないという税金と公務員の枠組みの恩恵を受けているがゆえのことでしょう。ここでも、個人個人は責めることはできません。改善すべきは、制度ですよね。

ただ、制度を変えるには、政治家への一定の支持が必要ですが、自治労などの強力な利害関係を持つ票田が政治家にとっては甘い蜜であり、なかなか制度改革派に光は当たりません。その点、今後の斜陽日本からの脱出という状況下では、改革賛成の機運も高まりやすく、小沢さんへの支持、一昔前の小泉さんへの支持なんかはその表れなのでしょう。

税金の無駄遣いというのはマスコミも食いつきやすいネタですし、案外、小沢改革をマスコミが後押しする形で、至難と言われた制度改革に成功する日が来てしまうなんてこともあるかもしれません。・・・と言ってみたものの、そう完璧にコトが運ぶ可能性はあまりに低く、想像できないですね。

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インセンティブの歪みを最小限にすることの重要性

山田さんが挙げてくれた諸例は、インセンティブが歪んでいるがために物事が本来の目的から逸脱した方向に動いていることがよく表現されており、げんなりしてしまう一方で、インセンティブ構造をいじることで改善することも可能なのではないかと感じさせてくれました。

政府研究開発投資における権威主義の弊害 - 山田肇

それでは、どうしたらよいのだろうか。
一案は評価のプロセスを徹底的に公開することである。事前評価の段階では、個々の提案を個々の評価者がどのように評価したか、その結果、どんな提案が採択されたかを詳細に公表する。事後評価も同様に行う。それを積み上げていけば、信頼のおける評価ができる評価者が次第に選別されていくだろう。政府から研究開発投資を受ける側についても、どの組織は成果を上げることが多く、どの組織は失敗が多いかが、目に見えてくるはずだ。

山田さんの解決策である透明化と淘汰については、実際にどこまで機能するかは未知数です。たとえば、国会議員などのような場合、その人数に比して興味・関心を持っている層が多いので、国民の観点から選挙という形で淘汰機能が働くこととなります。(「国民」が目的意識をどのように設定しているかは問わず、あくまで「国民」が望むことを行うようにできている)

一方で、政府研究開発投資や、事業仕分けはどうでしょうか。国家規模でしたら、まだガバナンスが働く可能性がありますが、地域単位にまで縮小したり、瑣末な案件だったりすると、その案件で既得権益を維持するという方向に強い誘引を持っている評価者を律するのに十分なガバナンスは効かないのではないでしょうか。

そうしたことを考えると、常任の事業仕分け・評価組織のようなものを作り、その評価者に国民全体のガバナンスを効かせていくという方式がいいかと思います。そのような組織が大小の事業仕分けを行うことで、大がうまく仕分けできれば小もできるだろうという類推から、ガバナンスが大きな案件から小さな案件まで効くようになるのではないかと思います。

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みんなの党は信念を貫き通せるか

参院選の大勝ですっかり認知度も上がり、今後の国会論戦ではこれまで以上の存在感を見せてくれそうなみんなの党ですが、規模が大きくなっても現在の信念を貫き通せるのでしょうか。JBPressでインタビューがあったので、そのへんのところを探ってみます。

渡辺氏 民主党は「大きな政府」で官僚主導・増税路線。これに対し、みんなの党は「小さな政府」で民間主導・成長路線を突き進む。大きな違いが今回の選挙ではっきりした。アジェンダが違う政党と一緒にやることはないというのが、第1の理由だ。(中略)

みんなの党はできるだけ早く国会を開いた上で、アジェンダをめぐって時に民主党、時には自民党と与野党問わず組む相手を代えていく。すなわち、クロス・コアリション(交差連合)を追求していきたい。

まず、今後の国会戦略という意味では、志は失われていないようです。根本で異なる政党と連立を組むなんてことはないというのは理想的で、理想論を掲げて支持者を増やしていく現段階においては望ましい方針だと思います。

また、アジェンダ毎に協力政党を変えて、結果的にキャスティング・ボートを握るという戦略もいいと思います。自己を曲げずに、かといって、国会も停滞させず、最大限自分たちの主張を通すアプローチだと思います。

名目4%成長で消費税据え置き渡辺喜美みんなの党代表【政権奪取戦略】(下)

無論、みんなの党が政権を取れば(地方公務員の給与引き下げを)断行するが、野党であっても各党の有志に呼びかけたい。現時点では地方公務員法改正まで法案は準備できていないが、自民党の改革派にも同じ問題認識を持った議員がいるので、連携していくつもりだ。(中略)

所得再分配は、所得税と保険料の全体で行うべきだ。保険料を払えない人に対しては、給付付き税額控除を実施する。そのために「社会保障個人口座」を導入し、社会保障を受ける権利と納税の義務を一体にすればよい。

今、年金や介護保険などが役所ごとに分かれているのは、役人のために分かれているだけ。それを「国民のために統合します」というのが、社会保障個人口座になる。

続いて、基本的な政策のうちで最も注目される公務員制度改革も期待できます。省庁再編というか解体、地方まで含めた公務員の待遇改革など、一国民からすれば、公の不条理なインセンティブをなくし、無駄をなくして、国民に利益が還元される好ましい政策です。

ただ、これらの点に関して言えば、まだ未知数という評価をせざるを得ません。今後、みんなの党と政策を一にする議員が増え、ミニ再編の繰り返しや選挙などで勢力が増大していかなければ実行は難しいのかなと感じます。財政の観点から日本に残された時間などを考えると、みんなの党がこれに失敗すれば国民の失望は頂点に達しますし、財政も破綻してしまいかねません。そういう意味でも、みんなの党の双肩にかかっている期待はかなりのものだと言えます。

難しいと思う理由は、同様の公務員制度改革など掲げていた民主党が大いに期待を裏切ってくれたからです。ある女子大教授のつぶやきさんの以下の記事が参考になります。

事業仕分け第3弾

マニフェストで掲げた公務員制度改革、なかでも人員と給与削減をしない限りは、いくら行政刷新担当大臣が張り切っても、人も残り、無駄な仕事もそのまま消えることはない。結局、事業仕分けそのものは、今のままでは欠陥制度で仕分けそのものを仕分けするべきとなってしまう。そうなると、これで支持率回復などはあり得ない。

まさにその通りで、現状の事業仕分けのような手法では、根本的な解決には結びつかないのです。逆に言えば、民主党が危機に陥って、背に腹は変えられぬとこうした改革を断行することがあれば、民主党政権は長期政権へとなっていくことも考えられますが、支持母体など考えると、まずありえないシナリオと言わざるを得ません。

一方の自民党も、しがらみのない若手議員たちが引っ張れるわけではないので、民主党と同様のジレンマを抱えています。そうなると、やはりみんなの党にミニ再編を繰り返して若手が結集するシナリオが最も有力となるわけです。

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能本主義社会ではセーフティネットが不可欠

日本の政治は、資本主義をどう受け入れるかという点で大きく意見が分かれていますが、そんな単純なものじゃないよ、というのを指摘なさっているのが小飼さんです。

資本主義の反対、社会主義の反対 – 小飼弾

それでは、この純粋でもなく、資本家よりも経営者を資することになったこの「主義」を一体なんと呼ぶべきだろうか?
私はこれが「能本主義」(meritocracy)というものではないかと考えている。
資本主義の反対は、能本主義。
社会主義の反対は、個人主義。
これでものごとがだいぶすっきりする。a.は「生産されたものをどう分配するか」。b.は「すでにあるものを誰に帰属させるか」。
で、話を社会/個人主義に戻す。資本主義が、資本原理主義を捨てた時に大きく伸びたことが、個人主義においても起きたのではないか。
個人主義と社会主義の違いは、「だれのものでもない」ものを認めるかにある。「誰かのものなんて存在しない」まで行ったのが共産主義(communism)というのはおいておいて、「だれのものでもない」ものの存在価値を認めた時、個人主義も大きく伸びたのではないか。

このような議論を経て、能本主義(寄り)と社会主義(寄り)が勝利するというのが小飼さんの意見です。

要約すれば、資本主義や社会主義の両極端はおかしいよね、バランスをとろうねっていう話になるかと思うのですが、資本主義と社会主義という言葉は、そのバランスをとっていく上で何かと不都合であり、反駁者は、バランス論を極論に置き換えて反駁することが多いので、こうした新しい切り口を提示するのもいいかもしれません。

そのようなテクニカルな話である部分が大きいというのを踏まえた上で、私は、ベースの部分をコミュニティで、アルファの部分を個人でという社会を理想としたいと思います。なじみのある概念で言えば、セーフティネットを整備した資本主義となります。

能本主義に関しては、時代の流れが速くなってきているので、否が応でもそういう色彩は帯びてくるでしょう。それを踏まえて、ベースとなる部分とアルファの部分を切り分けて考える必要があると思うんです。

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鳩山首相という経験が残したもの

世間は鳩山さんの退陣を当然の帰結のような体で見ています。実際に、普天間問題における結果、贈与税の脱税、リーダーシップの欠如、民主党の自民党化などを見ていれば頷ける話なのですが、心のどこかでひっかかるものがあることも確かです。

そこで、参考になるブログの記事をたたき台にして、そのひっかかりについて考えてみたいと思います。

首相辞任の意味するもの

そのことは辞任の会見でもよく現れていて、言わないでもいい余計なことまで正直に口から出てしまう。「もう次の選挙には出馬しない」とまで言って政界から身を引く宣言までしてしまった。この言葉を聞いて、やはりこの人には政治家として何か欠けている資質があるのではないかと思った。また、このことから、この人は嘘をつけない人であることも証明している。母からの資金提供も全く知らなかったし、沖縄の基地負担軽減の思いもすべて本当だったと思う。

たしかに、鳩山さんはバカ正直な面がありましたし、本人は、そういうある種の誠実さを押し通したいという気持ちがあったようです。結果として、八方美人のような対応となり、相手方は期待だけ持たされて決断時に裏切られるということになってしまったわけです。

ゴローさんが、「政治家として何か欠けている資質」とおっしゃっているのは印象的で、そこには、先述した「いい人」の面や、経営や資金管理方面の知識が欠けている「世間知らず」な面といった含みがあるのだと思います。

人としてはよかったという面が、心のひっかかりの一部分であることは確かなようです。続いて、カトラーさんの記事。

鳩山の言う「友愛」は、しばしば、政治家としての甘さを象徴するものとして中曽根元首相から「アイスクリームのようだ」と揶揄される場面もあった。しかし、この演説を見ると、鳩山がそうした揶揄や嘲笑を浴びながらも、その理念をしたたかに鍛えてきたこと、そして、これからの日本と世界や東アジアが、鳩山が言うところのある種の理想主義を抜きにしては、一歩も先進めない地点に来ていることに気づくのだ。(中略)

10年後、私たちは東アジア共同体構想が持っていた本当の価値とそのことを言った政治家を一顧だにせずに葬ったことの代償を苦々しく自覚するのかもしれない。

カトラーさんは、反鳩山の人々が、結局は自民党政治を消極的肯定していること、つまり、さしたる対案も持たずに安易な保守主義に走っていることを糾弾しています。

私としては、理想主義は現実との乖離が大きければ意味をなさないと考えているし、過ぎたるは及ばざるがごとしでタイミングも重要だと思うので、そこまで鳩山さんが日本の現状に対して打ち出した政策群が適切だったとは思わないのですが、今後の日本のプレゼンスの低下を踏まえてアジア共同体構想など打ち出していた点だけ取り出せば、傾聴に値するものであったとは思います。

鳩山さんの大局観のよい点は現実ベースにひきなおして取り入れていくのが好ましいと思います。ただ、理想でも自民党保守でもない、現実を見据えた第三極というより大きな期待があるわけで、そういったことは菅さんでは難しいと思われることを踏まえると、私見では、民主党に期待することはできません。

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国は国民のために何を追及すべきか

バーナンキの幸福論というエントリーでも考えましたが、大事なテーマだと思うので再び考えてみたいと思います。

熾烈な生存競争を再考する西側諸国

昨年9月に公表されたジョセフ・スティグリッツ氏の報告書は、GDP(国内総生産)が人間の幸福度を測るのに適した指標だという考えに疑問を呈し、健康や教育、家庭生活、環境といった人生の様々な側面にも然るべき重要性を認めなければならないと主張した。(中略)

もし近代資本主義を生み出した西側諸国が禅のような物質主義排斥に向かおうとする時に、精神的な東が熾烈な富の追求を受け入れたら、奇妙な皮肉である。急速な経済成長の追求が概してアジアの娯楽になれば、世界の勢力バランスもまた、西側の暮らし向きを大幅に悪化させる方向に変わっていくだろう。

世界が十分に文明の恩恵を受けていなかった頃、GDPで人間の幸福度を測り、その向上を図っていくことは人々の幸福につながっていたのだと思います。ただ、現代に至り、近代化の飽和とも言うべき状況に達しつつあります。

そういった中で、人々の幸福度につながることと言えば、コミュニティの中での相対的な豊かさがあるという意識、また、さまざまな縛りからの自由といった金に容易に換算できない価値といったことになっていくのだと思います。

マクロで見れば、世界が平準化していくのは自明のことであり、西側諸国が経済成長を緩め、新興国がキャッチアップするという構図は決して変わらないことだと思います。基本的には、そういった中で、段階的に人々の意識が変わり、現代の日本のように、富の豊かさを必要以上に肯定せず、コミュニティ回帰という流れがあらゆることで出てくるのではないでしょうか。

それを踏まえると、コミュニタリアンの人々の議論は一定程度正しいと思います。しかし、世界が歩みを緩めない中、一国だけが歩みを緩めれば、そこにしわ寄せが来るのはこれまた当然のことであり、理想的だからといってジャンジャン推し進めようという話でもないわけです。

そういう意味では、鳩山首相は理想に走りすぎたのだと思います。だからといって、その理想が否定されるわけではなく、そこへの道筋をうまく作っていけるかという問題に過ぎないのだと思います。さしあたり、みんなの党をはじめとした構造改革派の人々に構造改革を行ってもらい、その上で、ゆっくり生きたい人、常に上昇を続けたい人などさまざまな人々がさまざまな人生を送れる自由の保障された豊かな社会を目指して欲しいと思います。

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NPOやマスコミと政治の癒着

NPOもマスコミも、それ自体は悪くありません。また、全てが全て悪いわけではありません。このへんを念頭に置きつつ、NPOやマスコミには改善していくべき点が多いということを述べていきたいと思います。

まずは、NPOを活かしていこうという所謂「新しい公共」について。

全く新しくない「新しい公共」宣言

例えば、大阪大学NPO研究情報センターが2007年3月公表した「NPO白書2007」は、経済産業省のデータを引用しながら、調査対象NPOの70%が会計を公開せず、67%が外部監査を受けず、80%が会社の取締役会に当たる評議会を設置していないと指摘している。

人々が資金を提供したくなるような透明性とガバナンスはどこにあるのか。非営利団体にも克服すべき政策課題が突き付けられているのだ。「新しい公共」宣言とりまとめのユーフォリアの中では、その視点の重要性が見過ごされてしまった。

その概念だけを見れば、政府を小さい方向に持っていくことができるだろうし、行政の非効率や無駄がなくなるという甘美な響きを持っていますが、実際のところ、理屈どおりには物事は動きません。引用部にあるように、会計非公開、監査もないといったきわめてクローズドな組織であるケースが一般的な状況下で補助金を与えたら、金と利権の使い手が行政からNPOに移るだけです。

そういった方向に進むのであれば、ガバナンスの改善、オープン化は欠かせません。それこそ、NPOに携わる人というのは使命感や善意にあふれている印象がありますが、補助金どっぷりの制度に変われば、NPOを構成する人々の特性も変わっていきます。また、補助金もジャブジャブ与えるのではなく、効率性を考えながら分配していくことが求められます。

小さな政府という方向性(を目指しているのであれば・・・)自体は悪くないのですから、そういったことを踏まえて、より詰めてほしい政策であるように思います。

続いて、噂ベースだったのが公になって思わずびっくりのこの話題です。

日本の政治の裏金問題

日本では、秘密の資金が首相執務室近くの金庫の中に隠されており、数十年間にわたり政治的な懐柔工作のために使われてきたとの情報が漏れ出している。そのカネは、ジャーナリストやテレビ評論家にも流れたとさえ言われている。
多くを物語るように、日本のメディアはこの件について、日光の賢い三猿に似た反応を示している。「見ざる」「聞かざる」「言わざる」である。

ここまであからさまにマスコミで報道されないという点において、わかっちゃいるけどがっかりしてしまう自分がいます。大マスコミが大きすぎて方向転換が難しいということであれば、小さなマスメディアを支持するのみです。

このような記事が、外国の、しかもエコノミストに載ってしまい、白日のもとにさらされたというのはかなり衝撃的で、この機会に自浄作用を発揮しなければ、「そういう存在」ということで知識層から距離を置かれ、廃れる未来が待っていることでしょう。

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弁理士(Patent Attorney)志望、個人投資家(Invester)。TDLと同い年。平成24年合格を目指して3月から勉強開始。F1とドラえもんをこよなく愛す。I wanna be friends and build strong ties with you:)特に知財関係の方は宜しくお願いします。