政治

NPOやマスコミと政治の癒着

NPOもマスコミも、それ自体は悪くありません。また、全てが全て悪いわけではありません。このへんを念頭に置きつつ、NPOやマスコミには改善していくべき点が多いということを述べていきたいと思います。

まずは、NPOを活かしていこうという所謂「新しい公共」について。

全く新しくない「新しい公共」宣言

例えば、大阪大学NPO研究情報センターが2007年3月公表した「NPO白書2007」は、経済産業省のデータを引用しながら、調査対象NPOの70%が会計を公開せず、67%が外部監査を受けず、80%が会社の取締役会に当たる評議会を設置していないと指摘している。

人々が資金を提供したくなるような透明性とガバナンスはどこにあるのか。非営利団体にも克服すべき政策課題が突き付けられているのだ。「新しい公共」宣言とりまとめのユーフォリアの中では、その視点の重要性が見過ごされてしまった。

その概念だけを見れば、政府を小さい方向に持っていくことができるだろうし、行政の非効率や無駄がなくなるという甘美な響きを持っていますが、実際のところ、理屈どおりには物事は動きません。引用部にあるように、会計非公開、監査もないといったきわめてクローズドな組織であるケースが一般的な状況下で補助金を与えたら、金と利権の使い手が行政からNPOに移るだけです。

そういった方向に進むのであれば、ガバナンスの改善、オープン化は欠かせません。それこそ、NPOに携わる人というのは使命感や善意にあふれている印象がありますが、補助金どっぷりの制度に変われば、NPOを構成する人々の特性も変わっていきます。また、補助金もジャブジャブ与えるのではなく、効率性を考えながら分配していくことが求められます。

小さな政府という方向性(を目指しているのであれば・・・)自体は悪くないのですから、そういったことを踏まえて、より詰めてほしい政策であるように思います。

続いて、噂ベースだったのが公になって思わずびっくりのこの話題です。

日本の政治の裏金問題

日本では、秘密の資金が首相執務室近くの金庫の中に隠されており、数十年間にわたり政治的な懐柔工作のために使われてきたとの情報が漏れ出している。そのカネは、ジャーナリストやテレビ評論家にも流れたとさえ言われている。
多くを物語るように、日本のメディアはこの件について、日光の賢い三猿に似た反応を示している。「見ざる」「聞かざる」「言わざる」である。

ここまであからさまにマスコミで報道されないという点において、わかっちゃいるけどがっかりしてしまう自分がいます。大マスコミが大きすぎて方向転換が難しいということであれば、小さなマスメディアを支持するのみです。

このような記事が、外国の、しかもエコノミストに載ってしまい、白日のもとにさらされたというのはかなり衝撃的で、この機会に自浄作用を発揮しなければ、「そういう存在」ということで知識層から距離を置かれ、廃れる未来が待っていることでしょう。

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裁判員裁判のメリットが生かせるケース

以前、従来の量刑相場というものと国民意識の乖離が、裁判員裁判を通して埋められていくのはむしろ好ましく、量刑相場自体の再考のいい機会になるというエントリー(裁判員制度の是非・実証第一段階において)を書きましたが、今回は、また異なる視点から意見を述べたいと思います。

■[刑事事件][裁判制度]強制わいせつ致傷の被告に求刑上回る判決 さいたま地裁

従来の求刑相場に照らせば、懲役7年という求刑は決して低すぎるものではないと思いますが、求刑を上回る懲役8年というのは、裁判員の性犯罪に対する厳罰化傾向を強く示すものと言えるでしょうね。

今後、この種犯罪に対する検察官の求刑がますます重くなることも予想され、高裁も、裁判員様が判断されたことだから、と介入せず放置する、ということになると、日本は3審制ではなく、裁判員様のお裁きによる1審制、ということになりかねないでしょう。危険なものを感じます。

たしかに、落合さんが指摘しているように、制度として裁判員がからんだ地裁判決が重んじられ、高裁などでその判決の補正が効きにくくなるというのは問題点としてはあると思います。一方で、簡単に高裁で覆るのであれば、裁判員制度は何なんだという話にもなります。

私が思うのは、裁判員制度が重んじられる性質の事件と、そうでない事件というものがあるということです。たとえば、殺人事件など判断が重く、負担も重いような事件に関しては、裁判員制度には向いていないでしょうし、性犯罪のように身近な犯罪に関しては、市民感覚が生きてくるところなのだと思います。

別の類型としては、ホリエモンのような経済犯のケースがありますが、この場合は経済の専門家が裁判員的な役割を担うことが期待されます。

裁判の場で罰を与えるというのは、「社会」での生活で他者に害を及ぼさないようにということでしょうから、「社会」の基準を構成する裁判員にその判断の一翼を担わせる、また、既存の量刑への疑義があれば今回のような形で示してもらうということは重要なことだと思います。

落合さんが危惧しているのはファシズム的な要素であり、それは先ほど述べたような制度上の瑕疵が生んでいるものなので、そうした懸念があるからといって裁判員制度自体の本質的意義が失われることではないということは、強調しておくべきだと感じました。

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北朝鮮情勢さらに緊迫化の理由は軍部の暴走?

前回、北朝鮮情勢がにわかに活気付いているという記事を書きましたが、やはり哨戒船沈没は北朝鮮の仕業だったようです。その上で、北朝鮮は攻撃的な声明を発しています。

「戦争局面」と北朝鮮警告、「懲罰で対応」

声明では、韓国側の結論を「特大の謀略劇だ」と非難。対北朝鮮制裁を実施した場合、南北関係の全面断絶、不可侵合意の全面廃棄など「無慈悲な懲罰で強力に対応する」としている。

「無慈悲な懲罰」をやってしまえば、一時的に韓国に大打撃を与えられたとしても、北朝鮮という国家の存続が危ういことくらいは上層部は知り尽くしていると思われるので、声だけだとは思いますが、それにしてもここまで緊張が高まったのはそれこそ朝鮮戦争ぶりではないでしょうか。

意図的な行動としては、哨戒船沈没で数十人の命を奪った行為はかなり踏み込んだものであり、その理由が、前回の記事のように内政の不満のはけ口というだけでは説明しきれないもどかしさを感じていました。それをすっきりさせてくれたのが、田原さんのTwitterです。

金総書記が病身をおして胡錦濤主席に会ったのは、軍が手に負えなくなった、なんとかしてほしい、と頼みに行ったのである。今回の事件は金総書記の思惑ではなく軍が威信を示す為に暴発したのだと僕は捉えている。もしも金総書記の思惑とすれば北朝鮮に何のメリットもないからだ。

たしかに、軍部の暴走だとすれば、あのような示威行動も理解できるというものです。ただ、統制がきかなくなってきているという仮説が正しいとすれば、それはかなり恐ろしいことで、あまり報道上のプライオリティが置かれていないことには違和感を感じてしまいます。

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議員は人間である必要はない?

何を馬鹿な、と言われかねないタイトルですが、内容を確認してみると、私としてはかなり大賛成な概念となっています。

間接民主制が民意を受けた代表者による政治であるとするなら、その民意を受ける客体が自然人である必要はない、という発想で、民主主義のあり方についての議論の1つなわけだ。キャラクターを採用するのは、その方が支持が集めやすかろう、ということかとおおざっぱに解釈している。(中略)

もしそういう方向で考えるなら、今は議場でのPCや携帯電話とかはだめらしいが、解禁したらいいんじゃないかな。せっかくだから、アメリカの政治家の討論会みたいに、無線の受信機を仕込んで、スタッフから議論のアドバイスを受けながら発言できるようにすればいい。なんなら中継見てる人からのツイッター書き込みだの、ニコ割アンケートだのを参考にするもよかろう。「キャラクラシー」というなじみがない表現を持ち出すとめんどくさいから、「民意のよりダイレクトかつリアルタイムな反映が時代の要請」とでも言っておこうか。

たしかに、今の民主党などを見ていても、議員個々人の意見というものは封殺されており、基本的には小沢さんの意向に沿っているのみという状況であり、一人一人の人間が介在する必要はなくなっています。同様に、選挙においても、人に入れるというよりは、党に入れて当選している人が多いわけで、個々人の価値というものはだんだん薄れているわけです。

以上のような意味でも、キャラクシーは検討するに値するし、もっと言えば、「いい人そう」だとか、「かっこいい・美人」などという政策論議にはほとんど関係のない要素を最小限に抑え、政策自体に目を向けるという意味でかなり有用だと思うわけです。

ただ、そういう意味では、キャラクターで代替するというところはちょっと難があるかもしれません。美少女キャラが、硬派なマッチョキャラにイメージだけで勝ってしまうといったことは容易に推測されるので、そういった政策と無関係な要素は最小限にして、無機質に政策を闘わせられるようなイメージの方がいいですね。たとえば、法人格に近い感じの政人格とでも言いましょうか。

とにかく、私としては政策本位の選挙戦を期待するわけで、そういう意味でも、イメージやイデオロギーなどにとらわれず、国民生活と国益を考えてくれるような党に一票を投じたいと考えています。

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土地収益への課税のお話

ひろゆきVS勝間で話題沸騰中のひろゆきさん。また、本質をえぐるような思考実験をしていて興味深いです。

土地課税をして、土地の値段と家賃をさげる話。

財政赤字なので、消費税増税とか言われてますが、土地の収益に課税しちゃえばいいじゃんというお話しです。
高額所得者と法人税の課税率を高くすると、海外に移住しちゃったりとか、本社が移転しちゃったりとか、海外の会社が来なくなるとかデメリットがあります。
でも、土地は、海外移転が不可能なので、税率を上げた分だけ税収が増えるんですよね。

土地の値段と家賃を下げて、税収をあげる話 Q&A編

Q 税金の分だけ、家賃は値上げされるんじゃない?

A 家賃というのは、相互契約なので、税金が上がるから、家賃を上げますといっても、契約更新まで家賃値上げは出来ません。借主がOKしないと家賃は上がらないのですね。この税制が発表されると、土地の利回りが悪くなるのが、明確なので、土地を手放す人が増えます。土地の値段が安くなるので、高い家賃を払っていた層が、土地を購入するようになる。借りようとする人数が減るので、家賃の市場価格も下落する。多くの人が欲しがるモノは、高くなり。欲しがる人が少ないモノは安くなります。

私としては、結構おもしろい話だなと思いました。この点、土地「収益」に限っているのがミソであり、所得再配分的色彩もありつつ、取りやすいところから税収を増やせるという一石二鳥の政策です。

Q&Aなんかを見ていると、ひろゆきさんは需要と供給とか、小さいデメリットは大きなメリットのためならいとわないとか、きわめて合理的で本質的な観点から述べているように思います。もちろん、細かいあやを探せばいくらでも出てくるのでしょうが、それは対案があってはじめて意味をなすものであり、こうした思考実験をもとに現在の税制を考えて、いかに不条理な部分が多いか議論するのも一つのアイデアだと思います。

最近、民主党叩きなど不毛なニュースばかりで閉口してしまいますが、文句を言うだけでは世の中は変わりません。よい案、よい部分に目を向けていき、その実現に力を注ぐというのが今の日本に必要なことなのだと思います。

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民主党政権、悪いところばかりではない

民主党は、最近普天間問題や改革逆行などで支持率を落としています。私としても、このままの路線が許されるようではかなり怖いなあという印象を受けています。しかし、その一方で、自民党政権のままでは行われなかったであろうよい面も多々あります。その一例が、以下のものです。

文科省政策創造エンジン「熟議カケアイ」

1.インターネットでは、Webサイト「熟議カケアイ」を開設し、下記のステップで熟議を実施する
2.政務三役が教育政策に関する検討課題について「熟議(コミュニティ)」を設置し、意見を募集
3.教育現場に関わる方々は、会員登録をして「熟議」に参加し、議論をして頂く
※約1ヶ月の間「熟議」を実施し、その後、政務三役は得られた意見を参酌しつつ、政策形成を行う。(得られた意見は中央教育審議会等の審議の材料としても活用する。

自民党に比べ、インターネットをうまく利用しているなという印象があります。上記の「熟議カケアイ」もそうですし、事業仕分けがUstreamで中継されたこともそうです。広い意味で言えば、鳩山さんのTwitterもそうでしょう。

それは、ありきたりな言葉で言えば国民の声に耳を傾けることでありますが、国民の政策参加という意味ではかなり画期的だと考えています。大臣会見のオープン化、ネット選挙の議論なども含め、民主党のオープンな姿勢は評価できるところでしょう。

また、自民党政権時の膿が出てくるということも、政権交代のよかった面の一つです。

消えた官房機密費

野中氏は番組で「総理の部屋に毎月1000万円、衆院国対委員長と参院幹事長に月500万円ずつ持って行った。政界を引退した歴代首相には盆暮れに毎年200万円、外遊する議員に50万~100万円、小渕元首相から家の新築祝いに3000万円要求された」などと衝撃の告白をしている。

こういったことは、大なり小なり存在することは容易に想像できていたわけですが、ここまであからさまに公開されると、憤りは隠せませんね。特に、評論家やマスコミの類は、公正中立が口だけだったことが判明し、致命的なダメージを受けたと言えるのではないでしょうか。そういう意味では、こうしたことが明るみに出た際に、潔白が証明された田原総一郎さんなんかは、株が上がるというものです。

このように、民主党政権にもそれなりにいい面はあります。ただ、冒頭で述べたように悪いところも多々あるわけで、参議院選挙では、そのへんを冷静に比較衡量していく姿勢が重要でしょう。

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北朝鮮情勢がにわかに活気付いている

成毛さんのツイッター(@makoto_naruke)経由のネタです。

北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)国防委員長が中国滞留期間中、自分の大小便を捨てずに北朝鮮に持ち帰ると伝えられたと、東亜日報が4日報じた。同紙によると、金委員長の「大小便分析資料(?)」が外に漏れる場合、健康状態に関する情報が流出するおそれがあるからだ。

この話だけなら、情報閉鎖的な国家の徹底ぶりということで笑い話で片付けられるのですが、問題なのは、かなり病状が悪いにも関わらず、なぜこの時期に訪中する必要があったかということです。この点、韓国の哨戒船沈没の話と結びつけることもできるのですが、なにぶん証拠があるわけでもなく、決定打に欠ける状況でした。

しかし、続いて出てきたのが以下のよなニュースです。

北朝鮮、特殊戦兵力5万人を前線配置

北朝鮮の特殊部隊は18万人規模で、その27%が前線配置された形だ。こうした動きは、北朝鮮がいつでも局地的な挑発行動に出る可能性があることを示している。

これまでも、外交を有利に運ぼうとして軍事的脅威をちらつかせるという行為は度々行われてきたのですが、この時期にこうした示威行為が行われるというのは、哨戒船の一件と合わせて考えたくもなるものです。金正日も、デノミをはじめとした内政の失敗がありますので、世継ぎにバトンを渡すためにも外的との対立関係を強めて内部の結束を高める必要を感じているということでしょうか。訪中は、そのへんの話がなされたと考えられます。

さて、こうした動きに、韓国はどう対応するのでしょうか。

韓国の「平和ボケ」直撃した哨戒艦沈没

しかし、米海軍の調査チームや民間の専門家も加えた合同調査団が「哨戒艦の内部で爆発したものではなく、魚雷などが外部の水中で爆発した可能性が高い」との見方を明らかにすると、急速に「北朝鮮犯人説」が拡大。北朝鮮はすぐに「でっち上げだ」と否定したものの、韓国側の疑念が収まる気配はない。(中略)

ただ李政権は北朝鮮を「犯人」と断定しておらず、慎重な姿勢を保っている。状況証拠に過ぎないことに加えて、攻撃が事実だった場合の対応がきわめて難しいからだ。現実的にはあり得ないが、強硬派の中には「軍事報復」を求める声もある。

韓国側としても、内政を考えた場合には黙っているわけにはいかないのですが、危機が大きくなればそれはそれで違った懸念も生じてきますので、かなり難しい舵取りが迫られているといった状況です。

日本としては、地理的に近い国同士でこういった揉め事が起こっているというのはのん気に見ていられるような状況ではなく、警戒心を持っておくと同時に、政府は緊密に同盟諸国と連絡を取り合い、認識を共有しておくなどの行動が求められるように思います。

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混迷する普天間問題をどう捉えるか

普天間問題は、さまざまな「正しさ」だったり、「利権」だったり、「思惑」が絡んでいるので、スパっと一刀両断できる性質の問題ではありません。ただ、以下である女子大教授のつぶやきさんがおっしゃっているような視点がマスコミに欠けているは事実です。

軍事的隷属からの脱却

沖縄の海兵隊は抑止力になると言うのも、日本側の錯覚であろう。北朝鮮の暴発などはあり得ないし、中国も台湾も共に緊張関係から友好関係に移ってきている。ましてやロシアは核抑止では、いまや米国とは友邦関係に移りつつある。さらに、1990年の初めに、米軍はフィリッピンから完全撤退したが、周辺では何も有事は起きていない。要するに、米軍がいなくなると困るのは、米軍基地という巨額の軍事ビジネスで潤っている安全保障族だけなのだ。

これまでの議論を見ていると、社民党のように基地は出て行けという強硬な意見だったり、自民党のように基地も思いやり予算も米国との関係のためなら当然だという意見だったりというように、両極端の意見ばかりが取り上げられてしまっているように思います。また、マスコミなどでは、そのスタンスによって異なりますが、鳩山政権を揺さぶりたいから普天間の迷走や辺野古以外の案を論外だとしたりして、必要以上に無能ぶりを煽っているように感じます。

しかし、鳩山・小沢ラインが目指す日本の安全保障上の独立というのは、悪い路線ではありません。なぜなら、安全保障上の独立は、経済や外交などさまざまな面での交渉力の上昇を生み出すものと考えられますし、国際政治の力関係の変化に柔軟に対応することができると考えられるからです。ただ、私としては、ある女子大教授のつぶやきさんのような楽観論には立てません。

安全保障上の独立を目指すのであれば、それ相応の軍事面の整備は不可欠です。現在は、米軍が駐留していることから、節約されているコストというものも存在します。それをカバーするコストを背負うことなくして、安全保障上の独立を叫ぶのは、外的環境が許さないものと思われます。

経済同様、政治に関しても、線形的な歴史を辿るとは限りません。9・11テロのように、突発的な出来事が、世界の構図を塗り替えてしまうことも十分考えられるわけで、そういう意味では、私は米国への依存関係を切れるほど日本の外的状況は整っていないと考えています。

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都市集中と地方分散のどちらが好ましいか

JBPressで、松谷明彦さんの論説が載っており、すべてに頷くことはできないものの、いいなとうなってしまうような発想なんかもあったので、その部分について紹介したいと思います。

まずは、都市と地方の役割分担についてです。

日本を救う「人口流動」、地域社会は蘇る

一方、欧州などでは大都市に負けず劣らず、中小都市や農村部で消費が行われている。それは大都市の人が中小都市や農村部に出掛け、そこで消費するから。人が国中を動き回っているわけだ。(中略)

米国のシカゴを見ると、極端に言えば街の中心部には若者と高齢者しか住んでいない。結婚して子供を持つ世帯は主に郊外に住んでいるからだ。そこは良い住宅地となり、良い学校ができる。逆にお年寄りのための介護施設はほとんどない。若い時はシカゴ中心部に住み、その後は郊外に移り、年を取って公的介護が必要になると再び中心部へ戻ってくる。

私としては、基本的に都市集中で効率化を図ることがベストだと考えていましたが、シカゴの例のように、効率化メリットが多大な高齢者向け施設は都市部集中で、さまざまな移動手段が使える層は郊外に住むというのもいいなと感じました。たしかに、都市集中には、過密によるさまざまなデメリットも伴いますので、ライフステージによる分散というのはいいアイデアのように感じました。

ただ、問題点としては、都市集中と同様、それを強制するわけではないので、地方にいながら公的介護サービスを受けたいなどといったニーズは切り捨てざるを得ないといったものが挙げられるでしょう。また、車社会を大前提としているので、そこに囚われる必要があるかどうかも検討する必要はあるでしょう。

続いて、介護や福祉のあり方についてです。

憲法改正で国の借金を禁止

スウェーデンでは例えば、中年の婦人が隣のお年寄りの面倒を見るとお金がもらえる。場合によっては自分の家でお風呂に入れてあげたりする。
本来、大抵の高齢者社会はこれで済み、専門のヘルパーや施設が必要になる状況は多くない。ボランティアではなく、「本来なら国がやるべき福祉をこの人たちがやってくれる」ため、当然その報酬を税金で払うべきだということになる。
そうすれば、デイケアセンターなど箱モノがいらない。それをオペレーションする役人も不要になる。今だと100の税金があったら、高齢者に行くのはせいぜい20~30ぐらい。残り70のうち3分の1ずつが役人、箱モノ、業者に回っている。しかし、オバサンが隣のオバアチャンの面倒をみるなら、役人も箱モノも業者もいらない。

これに関しては、今後は、元気なお年寄りの数が増えてくるわけですから、検討していく必要があるように思います。福祉を受ける側の人にバウチャーを渡して、それによって相手が誰でもサービスが受けられるという方式ならば、さまざまな厄介ごとはなくなりそうです。松谷さんがおっしゃるように、かなりの介護保険料や税金が節約できるように思います。

問題点としては、そうした対象が見つからない人々もいるということで、そういった人々にどう援助の手を差し伸べていくかということ、そして、「お年寄りの面倒」という枠組みの中で、どこまで素人でもOKにするのかという線引きの問題があるでしょう。

どちらも荒削りな視点ではありますが、地方の問題、福祉の問題など、日本を取り巻く重要な問題を考える上で、一助となる視点であるように感じました。

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人間魚雷を可能にさせる狂気

人間魚雷といえば、旧日本軍の回天が有名ですが、そのような試みが現代に至ってなされようとしているというのには、驚きを隠せませんでした。

哨戒艦沈没:「北の人間魚雷に注意せよ」(上)

韓国軍情報司令部は今年初め、「北朝鮮が報復攻撃を決意しており、人間魚雷で攻撃してくる可能性があるため備える必要がある」という趣旨の指針を海軍に伝達していたことが、21日分かった。人間魚雷は、魚雷にモーターなど別の推進機を搭載し、特攻隊員が直接操縦して目標物に接近、自爆するか別途の推進機に機雷などを搭載して目標物を爆破させるものだ。

こうした手段が選ばれてしまうこと自体、北朝鮮の持っている危機感が最高潮に達しつつあることが窺えます。ただ、この間JPpressで見た潜水艦の記事の記憶によれば、自動追尾魚雷にも限界があるようなので、物量で勝てない北朝鮮としては、人権を無視すれば最適戦略となるのかもしれません。

二重にびっくりするのは、こうした作戦の受け手がいるほど、北朝鮮における独裁体制は(少なくとも軍まわりにおいては)崩れていないということです。自己の死が、生前の特別扱いと、死後に払われる敬意で補償されてしまうと考えてしまうような環境ということになります。不謹慎ではありますが、その精神状態や文化についての興味が尽きません。

普天間問題が盛り上がっていますが、中国の軍拡や、このような北朝鮮の動向などを踏まえたうえで物事を考えていく必要があるでしょうね。

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弁理士(Patent Attorney)志望、個人投資家(Invester)。TDLと同い年。平成24年合格を目指して3月から勉強開始。F1とドラえもんをこよなく愛す。I wanna be friends and build strong ties with you:)特に知財関係の方は宜しくお願いします。